前向け思考力。
平々凡々の女子高生と平々凡々の中坊の息子の平々凡々の母の不定期日記です。
カテゴリー「日記」の記事一覧
- 2025.02.07
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- 2010.06.06
舅のぶどう棚。
- 2010.06.06
姑、一時帰高。
- 2010.06.06
舅の入院。
- 2010.06.03
くやしい夫。
- 2010.05.25
おはなしポケットの会。
姑、一時帰高。
6月3日
ばあちゃんが一時帰宅しました。
旦那が言うには、
よっぽど寂しかったのか、
道中ずっとしゃべっていた、と。
帰宅してからも、”横になって休んだら”
と言っても、ずっとしゃべっていた。
5日に目を覚まさせる処置をするので、
5日朝の便で大阪に行く事にした。
6月4日
会社から帰ってきたら、
ばあちゃんはぶどうの手入れをしていた。
6月5日
じいちゃん、目を覚ます処置をする日。
バスの予約ができなかったので、
乗換えを一つでも少なくする事を考えて、
大阪駅直通の富山発の特急に、
ばあちゃんに乗ってもらうことにしました。
5人兄弟の2番目のばあちゃん、
にぎわしい暮らしをずっとしてきたばあちゃんにとっては、
とても寂しい1週間だっただろうし、
とても寂しい日々を迎える事になるだろう。
朝の8時ちょっと前に富山駅に着き、
ちょうど8時17分の便に間に合ったので、
駅に着いてからはほとんど会話もないまま、
列車にほかりこんだと言う感じでしたが、
窓越しに見えたばあちゃんは不安そのもの。
午後にはじいちゃんは目が覚める。
どんな現実が待っていても、
一人で受け止めなくてはいけない,と思うと
ばあちゃんが娘に見えた瞬間でした。
画像は富山からの岐路、
舟艇場があるダム湖。
一人で黙って運転していると、
いろいろ複雑な気持ちになって、
少しそこで休憩しました。
ばあちゃんからの報告は思いのほか、
早い時間にきました。
”目が覚めた、
目も見える、
会話ができる。
手も動く。”
電話のばあちゃんの声はとても弾んだ声でした。
次の日にみんなで様子うかがいに来ることを言うと、
”べつに来なくてもいいよ。”と。
すっかり姑にもどってしまった瞬間でした。
ばあちゃんが一時帰宅しました。
旦那が言うには、
よっぽど寂しかったのか、
道中ずっとしゃべっていた、と。
帰宅してからも、”横になって休んだら”
と言っても、ずっとしゃべっていた。
5日に目を覚まさせる処置をするので、
5日朝の便で大阪に行く事にした。
6月4日
会社から帰ってきたら、
ばあちゃんはぶどうの手入れをしていた。
6月5日
じいちゃん、目を覚ます処置をする日。
バスの予約ができなかったので、
乗換えを一つでも少なくする事を考えて、
大阪駅直通の富山発の特急に、
ばあちゃんに乗ってもらうことにしました。
5人兄弟の2番目のばあちゃん、
にぎわしい暮らしをずっとしてきたばあちゃんにとっては、
とても寂しい1週間だっただろうし、
とても寂しい日々を迎える事になるだろう。
朝の8時ちょっと前に富山駅に着き、
ちょうど8時17分の便に間に合ったので、
駅に着いてからはほとんど会話もないまま、
列車にほかりこんだと言う感じでしたが、
窓越しに見えたばあちゃんは不安そのもの。
午後にはじいちゃんは目が覚める。
どんな現実が待っていても、
一人で受け止めなくてはいけない,と思うと
ばあちゃんが娘に見えた瞬間でした。
画像は富山からの岐路、
舟艇場があるダム湖。
一人で黙って運転していると、
いろいろ複雑な気持ちになって、
少しそこで休憩しました。
ばあちゃんからの報告は思いのほか、
早い時間にきました。
”目が覚めた、
目も見える、
会話ができる。
手も動く。”
電話のばあちゃんの声はとても弾んだ声でした。
次の日にみんなで様子うかがいに来ることを言うと、
”べつに来なくてもいいよ。”と。
すっかり姑にもどってしまった瞬間でした。
舅の入院。
5月27日
心臓病やら動脈瘤をもっている舅が、
地元の病院でも、県内の病院でも、
もう年齢も年齢なので、
手術をずっと見送ってきていました。
じいちゃんにしてもばあちゃんにしても、
爆弾を抱えているようで、
安気な気分ではなかったらしく、
TVで”神の手を持つ・・・”と言われる名医の話をきいて、
かかりつけの先生に紹介状を書いてもらい、
ばあちゃんを付き添いに、
大阪の病院に入院しました。
5月28日
じいちゃんがいつも座っているコタツの上に、
じいちゃんの書置きを見つける。
たいていの覚悟ではなかった事が書いてあった。
5月29日
様子を知りたくて、
昼間に病院に電話してみた。
病院にはじいちゃんしかいなくて、
ばあちゃんは大阪駅を散策に出かけた、と。
田舎暮らしにばあちゃんにしたら、
珍しい25%、心細い50%、気丈25%てとこかな。
5月30日
病院の様子が分からないのと、
ばあちゃんの行動もいまひとつ分からないので、
病院に電話をしたところ、
じいちゃんが思っていた以上に症状は重く、
頸動脈にできた動脈瘤が、
場所が悪く、カテーテル手術だけでは処置できないらしく、
バイパス手術もすることになった様子。
じいちゃんの不安そうな声。
和歌山の実家の父と兄が見舞いにきてくれた、と。
5月31日
手術当日。
ばあちゃんに
”ぶどうの手入れを忘れるな”
と言いながら手術室に入ったそうです。
午前8時に始まり、終わったのは、
午後5時だったそうです。
夜、ばあちゃんに電話したら、
手術は成功。
医者は、脳のほうに行く血管なので、
脳梗塞を心配してみえたとか。
6月1日
目が覚めず。
一人で見守っているばあちゃんが心配。
6月2日
目が覚めず。
ばあちゃんの声の様子が頼りなかったので、
だんなさんに様子を見に行ってもらうことに。
さすがのばあちゃんもそうして欲しいと・・・。
6月3日
だんな、朝4時に出発。
子供達、学校。
私、待機。
10時頃連絡があり、
”手術は成功したけど、脳梗塞の恐れがあるので・・・”
そこまではばあちゃんもちゃんと聞いてて、
そこからが舞い上がっていたのか?
”・・・血中のコレステロールとか、
カルシウムとか、カスみたいなのを、
溶かしたり散らしたりする処置をしているから、
眠らしとるんやと。
醒めないのは医者にしてみりゃ周知のことだったみたい。
しばらく覚めないので、ばあちゃんを連れてかえる。”
夕方3時ころ、二人で帰宅しました。
心臓病やら動脈瘤をもっている舅が、
地元の病院でも、県内の病院でも、
もう年齢も年齢なので、
手術をずっと見送ってきていました。
じいちゃんにしてもばあちゃんにしても、
爆弾を抱えているようで、
安気な気分ではなかったらしく、
TVで”神の手を持つ・・・”と言われる名医の話をきいて、
かかりつけの先生に紹介状を書いてもらい、
ばあちゃんを付き添いに、
大阪の病院に入院しました。
5月28日
じいちゃんがいつも座っているコタツの上に、
じいちゃんの書置きを見つける。
たいていの覚悟ではなかった事が書いてあった。
5月29日
様子を知りたくて、
昼間に病院に電話してみた。
病院にはじいちゃんしかいなくて、
ばあちゃんは大阪駅を散策に出かけた、と。
田舎暮らしにばあちゃんにしたら、
珍しい25%、心細い50%、気丈25%てとこかな。
5月30日
病院の様子が分からないのと、
ばあちゃんの行動もいまひとつ分からないので、
病院に電話をしたところ、
じいちゃんが思っていた以上に症状は重く、
頸動脈にできた動脈瘤が、
場所が悪く、カテーテル手術だけでは処置できないらしく、
バイパス手術もすることになった様子。
じいちゃんの不安そうな声。
和歌山の実家の父と兄が見舞いにきてくれた、と。
5月31日
手術当日。
ばあちゃんに
”ぶどうの手入れを忘れるな”
と言いながら手術室に入ったそうです。
午前8時に始まり、終わったのは、
午後5時だったそうです。
夜、ばあちゃんに電話したら、
手術は成功。
医者は、脳のほうに行く血管なので、
脳梗塞を心配してみえたとか。
6月1日
目が覚めず。
一人で見守っているばあちゃんが心配。
6月2日
目が覚めず。
ばあちゃんの声の様子が頼りなかったので、
だんなさんに様子を見に行ってもらうことに。
さすがのばあちゃんもそうして欲しいと・・・。
6月3日
だんな、朝4時に出発。
子供達、学校。
私、待機。
10時頃連絡があり、
”手術は成功したけど、脳梗塞の恐れがあるので・・・”
そこまではばあちゃんもちゃんと聞いてて、
そこからが舞い上がっていたのか?
”・・・血中のコレステロールとか、
カルシウムとか、カスみたいなのを、
溶かしたり散らしたりする処置をしているから、
眠らしとるんやと。
醒めないのは医者にしてみりゃ周知のことだったみたい。
しばらく覚めないので、ばあちゃんを連れてかえる。”
夕方3時ころ、二人で帰宅しました。
くやしい夫。
先週末、子供達と自転車に乗って川原に行き、
お弁当を食べました。
近所のスーパーで惣菜を買い、
お茶とおにぎりは持参していきました。
ここまでは毎度の事だったのですが、
そのあと息子は習字教室のレッスンに、
娘とわたしはしばらく川原でスケッチをして、
習字が終わるころに合流して、
児童センターに卓球をしに行きました。
今のところは、
息子もまだまだなので、
みんながへたくそで、
それはそれで楽しんできました。
でもそれを知った旦那さん、
うらやましい!!!とだいぶ駄々をこねていました。
私からみれば、小さいときから
オムツすら一回も替えたことのない旦那。
一緒にこうやって楽しむ時間も同等なら、
こっちだってやってられない。
なんて心の狭い事を言うのはやめておこう。
”お父さんは中学校のとき卓球部だったんだ”
と豪語する旦那さんに、
すこしくらいラリーができるようになるまでに、
息子にはも少し時間が必要です。
お弁当を食べました。
近所のスーパーで惣菜を買い、
お茶とおにぎりは持参していきました。
ここまでは毎度の事だったのですが、
そのあと息子は習字教室のレッスンに、
娘とわたしはしばらく川原でスケッチをして、
習字が終わるころに合流して、
児童センターに卓球をしに行きました。
今のところは、
息子もまだまだなので、
みんながへたくそで、
それはそれで楽しんできました。
でもそれを知った旦那さん、
うらやましい!!!とだいぶ駄々をこねていました。
私からみれば、小さいときから
オムツすら一回も替えたことのない旦那。
一緒にこうやって楽しむ時間も同等なら、
こっちだってやってられない。
なんて心の狭い事を言うのはやめておこう。
”お父さんは中学校のとき卓球部だったんだ”
と豪語する旦那さんに、
すこしくらいラリーができるようになるまでに、
息子にはも少し時間が必要です。
おはなしポケットの会。
この春、息子が卒業した小学校の
ボランティアの読み聞かせに、
性懲りも無く今年も参加することにしました。
会の名前は”お話ポケット”と言います。
会員は8人ですが、
8人とも本が好き、子供と本を読むのが好き、
・・・な大人。
初めて子供達の前で読んだのは・・・
”めっきらもっきらどおんどん”
今ではレパートリーも増えて、
どの学年でも心から楽しんで読み聞かせをします。
読み聞かせは、金曜日の朝の会。
子供も通ってないのに会社を1時間遅刻していくのは、
そろそろ・・・やめなきゃ・・・と思いながら、
気がついたら子供達の前に本を持って立っています。
今年度の一発目は・・・”っぽい”
この作者、
このかんじで何冊か立て続けに、
私の中ではヒットしてます。
絵本は子供が読むもの、
と思ってきたのですが、
けっこう奥の深いものが
けっこうあります。
と、この会に入って知りました。
知らなかっただけで
昔からそうなのかなあ。
担当したのは特別学級。
少人数だけに、
少人数の読み聞かせを楽しもう、と、
スケッチブックとお絵かきペンを持参。
みんなに”っぽい絵”を描いてもらいました。
昨年度の最後に、
このクラスのリクエストで宮西達也氏の
ティラノサウルスシリーズのどれかを読んだら、
子供達と一緒に聴いてくれていた先生が、
涙してくれました。
やっぱりやめられない。
ボランティアの読み聞かせに、
性懲りも無く今年も参加することにしました。
会の名前は”お話ポケット”と言います。
会員は8人ですが、
8人とも本が好き、子供と本を読むのが好き、
・・・な大人。
初めて子供達の前で読んだのは・・・
”めっきらもっきらどおんどん”
今ではレパートリーも増えて、
どの学年でも心から楽しんで読み聞かせをします。
読み聞かせは、金曜日の朝の会。
子供も通ってないのに会社を1時間遅刻していくのは、
そろそろ・・・やめなきゃ・・・と思いながら、
気がついたら子供達の前に本を持って立っています。
今年度の一発目は・・・”っぽい”
この作者、
このかんじで何冊か立て続けに、
私の中ではヒットしてます。
絵本は子供が読むもの、
と思ってきたのですが、
けっこう奥の深いものが
けっこうあります。
と、この会に入って知りました。
知らなかっただけで
昔からそうなのかなあ。
担当したのは特別学級。
少人数だけに、
少人数の読み聞かせを楽しもう、と、
スケッチブックとお絵かきペンを持参。
みんなに”っぽい絵”を描いてもらいました。
昨年度の最後に、
このクラスのリクエストで宮西達也氏の
ティラノサウルスシリーズのどれかを読んだら、
子供達と一緒に聴いてくれていた先生が、
涙してくれました。
やっぱりやめられない。
プロフィール
HN:
ぶんちょう
性別:
女性
自己紹介: